「チベット高原万華鏡テキストDB」では、フィールド調査の記録や文献資料に記録された牧畜や農耕といった生業にかかわるテキストを引用し、日本語以外の場合は翻訳も添え、「搾乳と乳加工」「糞」「食文化」「服飾文化」などのカテゴリータグをつけて集積しています。地図上にはプロットできない情報を含め、民族誌や旅行記、史資料の中にバラバラに存在していた生業にかかわる情報を検索可能な形で統合して見える形にすることで、新たな研究を生みだすことを目指しています。
なお、本DBは進行中のプロジェクトであり、引用や翻訳に間違いが含まれている可能性があることにご留意ください。ご利用される場合は、必ず原典を確認してご利用いただければ幸いです。問題があれば、 「チベット高原万華鏡」とはに示したお問い合わせ先にご連絡いただければ幸いです。また、論文、著書などで利用される場合は、本DBを利用したことに言及いただければ幸いです。
201
ブータンでは、ヤクがよく乳を出すために、独特の技術がある。それはヤクを捕まえて無理矢理に塩を与えるのである。その方法は、男二人で雌のヤクを捕まえて、一人がヤクの首を横抱きにする。もう一人が、ヤクの口をあけて、ヤクの角でできた塩入れ一杯の岩塩を口の中に入れる。そしてその後、口の中に水をそそぎ込む。すなわち、口の中の塩を溶かして、胃の中に流し込むのである。
202
ブータン人は、チベット系の民族であるが、チベット系の民族としては、よく野菜を食べる方である。日本人としてはじめてブータンを訪問した中尾佐助は、「ブータンの農家は、自家用のためすこしばかり野菜を作っている。大根、カブラそしてネギ少々。もっとも力を入れているのが、トウガラシだ」と記述している。
203
ヤクを使って畑を鋤いている光景は、青海地方でも接したが、ヤクの頭のてっぺんに羊毛を赤く染めて鶏冠のような飾りをつけ、首には赤いふさとガランガランと悠長な音を発する鈴をつけて盛装しているのが人眼をひいた。
204
峠には死んで間もない一頭の馬が、禿鷹につつかれた無惨な姿をさらしていた。ふたりのタングートラマは靴を縫う皮糸にするため、尻尾の毛をむきとり始めた。
205
山峡の田畑の畦や石垣に芽を吹き出したばかりのハラガイという草が密生していた。菊の葉に似たよもぎのような草で、蒙古、西北、チベットの高原では各所にみられ、チベット、西北の遊牧民もこれをゆで、油でいためたり、うどん汁の中に入れて食べている。しかし葉の裏に虫毛のような刺が一面に生えていて摘むのに厄介な草である。
206
特別茶を注ぐには注ぎ方がある。……桶をわずか左右に動かしながら、それもゆっくりと注ぐのである。このようにして注ぐと、茶のバターを全部注ぎ込むことができるからである。……高級ラマ達は……「静かに、静かに」……と命じ……目を光らせている。高級ラマ達はこのたんまりバターの混っている茶を受けると、……木の器を出し、表面に浮かんでいる椀のバターを……流し込む。……僧舎に持ち帰るのだ。それを鍋に入れて火を通し、バターに混っている茶を抜いてバターだけにすると、それを自分で食べたり、人に売っている。ラマの間では法会の茶から取ったこのバターを「シャグ」と呼んでいて、臭いも味も悪いが……格安のため、貧乏ラマ達は盛んに買い求めている。
207
村の伝統的な生業は農業と牧畜で、今も全ての家がこれをおこなっている。通常農作業は雪解け直後の五月、畑の土おこしから始まる。土おこしはヤクと牛の一代雑種であるゾボに鉄製の鋤を引かせておこない、施肥する。
208
畑にはまず小麦と大麦が播かれる。その後六月にはジャガイモが植えられ、七月がソバが播かれる。夏期に雨の少ないラホールでは、融雪水を用いた灌漑が不可欠である。その為に村では村の東側と西側の二つの谷から灌漑路を引いている。
209
モンパにとって、重要な動物であるヤクがどのようにしてもらたされたのかという由来を、歌と踊りで表現したものがヤク・チャムである。アリスによれば、ダライ・ラマ六世の祖先に当たるペマ・リンパの弟オギェン・サンポが家畜(おそらくヤク)を最初にタワンに紹介した人だとする伝承があるという。また、オギェン・サンポが最初の放牧小屋を牧畜民のために建てたともいう。しかし、ヤク・チャムのストーリーには、オギェン・サンポとの関連性をほのめかすものは見当たらない。
210
この物語は、牧畜民の生業の起源に関わる伝説であり、神話的な語りと日常生活とが連続している。哺乳類であるヤクが鳥の卵から産まれるということ、卵から現れた雌ヤク以外の動物が神々の変化であったこと、主人公が投げたロープから星や雨・虹・川・花などが現れたことなどには、神話物語との連続性が見られる。
211
(バター茶入りの)椀を手にすると、若い、学問嫌いなラマ達は、お茶を飲む前にまず、中指でバターをすくいとり、クリームでもつけるように両手にこすりつけ、そして顔に塗り、ギラギラとバターで光らせる。さらに、頭髪及び衣服にも塗ってテラテラと光らせる。
212
チベットでは水質にもよるが、茶の色を濃くするため、水に曹達を入れて沸かしているので、茶の味は余りいいものではない。
213
肉屋では羊、ヤクの肉の外に、肉を削り取った大きな骨だけも売っている。この骨は石で小片に砕きスープのだしをつくり、そのスープでザンバー粥を作っている。臓物の生のもの、煮たものを売っているのはもちろんのこと、血も売っている。血も生のと、半煮えの凝固したのと2通りある。生の血は腸や胃袋に入れて売っている。
214
ラマ達はこの生血にバター、メリケン粉、葱等を混ぜて腸詰を作って食べている。まるで海綿のように赤色、ぶつぶつ小さな穴が無数にあき、そして少し固い豆腐のような物を売っているが、これが血の煮たものである。……安いため、肉を買うことのできない貧乏ラマ達はこれを肉代りとして、野菜と一緒に煮て、ザンバーのおかずとして食べている。
215
チベットの常食ザンバーは、青稞を炒って粉にしたのと、えんどう、そら豆からの3種類がある。……ザンバーは青稞のザンバーが第一で、えんどうのザンバーは色の関係で青紫をおび、味は青稞より甘味を持ち、腹もちもよいがあきやすい欠点がある。そら豆のザンバーは白く、青稞のザンバーと見分けがつかないほどであるが、味は悪い。そのため、農夫達は青稞のザンバーと混ぜて売り、新参者の頭を叩いている。
216
(チベットでは)蕪や大根はそのまま生で食べても甘く美味だ。特に驚いたのはえんどうで、えんどうをそのまま生で食べるのは見たことも聞いたこともなかったが、チベットでは7,8月、このえんどうの実る頃になると、畑に入ってえんどうを盗み食いしているのをよく見かける。
217
ザンバーや小麦粉は、「ペー」とか「ポー」とかの枡でも売っているが、ほとんどは「ドボー」と言って、袋に入れた荷のままで売られている。……買い手が目分量、あるいはその袋を抱き上げてみて、その重さの感じで、買い値をつけているという、実に大ざっぱなものである。
218
粗製の木椀を手に入れると、まずサンドペーパーかガラスのかけらで丹念に椀の内外部をこすって……磨く。……磨き上げるとバターを椀の内外、特に内側にべっとりと厚く塗り、その中へ竈の熱灰で焼いた飴玉のような丸い石を入れて、椀を回して石をごろごろ動かす。……これを2度ばかり繰り返すと、椀にバターがよくしみ込むため、乾燥で割れる心配はない。このほかバターを塗った椀を天日で乾かし、バターを椀にしみ込ませる方法もある。
219
(ゴマン)学堂での司法僧就任式の供養会には、豪勢なドンゴーの供養を行ない、私達を喜ばせてくれた。「ドンゴー」は白米と肉塊とジュマー、桃、棗、葡萄の干し果実と共に、団子になるほど一晩中煮て、多量のバターを溶かし込んだもので、法会においての唯一のご馳走であり、ドンゴーの出る法会はラマをお祭り以上に喜ばせている。
220
大学堂からの扶持は、9月に支給される1斗の青稞と年に3回くらいに分けて支給される青稞1斗代分の金銭と、12月末年越として受ける若干のカプセー(蒙古語でボボ、メリケン粉を水でこね菜種油で揚げた菓子)、バター30センチ四方、板状の赤砂糖2枚の現物給与がある。