「チベット高原万華鏡テキストDB」では、フィールド調査の記録や文献資料に記録された牧畜や農耕といった生業にかかわるテキストを引用し、日本語以外の場合は翻訳も添え、「搾乳と乳加工」「糞」「食文化」「服飾文化」などのカテゴリータグをつけて集積しています。地図上にはプロットできない情報を含め、民族誌や旅行記、史資料の中にバラバラに存在していた生業にかかわる情報を検索可能な形で統合して見える形にすることで、新たな研究を生みだすことを目指しています。
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ザサクの王侯は……私の訪問に大層満足気で、自ら取り仕切り、妻や娘にお茶やモンゴルのご馳走――乾かした牛乳の薄皮、中国のあめ玉、砂糖、ラードで焼いた小麦パン、ツァンパ、ジューマ――でもてなすように命じた。ジューマは地下17センチほどのところで根にできる、アカザの類の球根を乾燥させたもので、これをバターと砂糖で煮て食べるのである。
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(一般的なゴロクの)これらのテントに入ると、対面の壁にchöbaが置かれているのが見える。すなわち、細長いテーブルの上に、水が入った真鍮のボウルが置かれ、その後ろにはバターランプが常に灯っていて、その後ろには仏像がある。
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夏と冬は同様に、典型的な男女の牧畜民の服装は、羊毛を内側にした羊皮のコートである。そのコートを作るには、5~6枚の皮が必要である。男性(用)の羊皮は、黒や赤の中国製の布で縁取られ、豹皮が首周り、ときには胸に巻かれる。女性(用)の羊皮は赤、黒、緑の三色の布が並べて縁取られ、豹皮はつけない。
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早起きすると、牧畜民は少量のツァンバを入れたchota-hazriのお茶を用意する。この点で、牧畜民は一般的なチベット人と同じで、朝一番や長く骨の折れる旅の後など、胃袋が空なときには、肝臓から水が沸きあがり、食事を一口取って押し下げるべきだと信じている。この軽い食事は「chin-nön」、文字通り「肝臓押し」と呼ばれる。
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武器を好み、幼少期から(野生動物に罠を?)しかけて遊び、衣食以外には武器の購入を生活上最も重要事と見なしている。例えば、銃を一丁とヤク60頭から70頭を交換して購入するほどである。
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かつてゴロクの人々が牧畜に従事する以前、現在のペマゾン(班瑪県)に暮らしていたときは誰もが農民であった。当時の住居は固定住居であり、それも石造の2階建て、ないしは3階建ての様々な大きさの住居であった。
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たいていの家屋の屋上には丸い川石が数多く置いてある。そしてそれを投げる穴もしつらえてあるだけでなく、扉の両側にも穴が一箇所ずつ明けてる。それらは敵や略奪者が襲撃してきたときに石つぶての雨を降らせ、槍で突くための場所なのである。
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敵の家屋に侵入した際、建物の中で取っ組み合いになった場合に剣を振り回しても天井に触れないように天井は極めて高くつくられている。
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家屋の各面には必要なときに開けられるようにしてある矢狭間や鉄砲狭間がつくられている。階段は梯(shing skas bag shed ma?)であり、上り下りが難しく、敵や泥棒などの侵入を防ぐにあたり、取り外すことができる。窓は非常に小さいため、家屋の中はかなり暗い。
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一般的には1階部分には牛馬を係留し、2階は人の住まい、最上階は仏間となっており、屋上は戦神を祀る祠?(dgra lha dpa' mkhar)がない家はない。
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(テントを設営するのが)どこであっても、亀の形に則って張るので、どこに張っても問題は起こらないという言い習わしがある。
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(牧畜生活をするようになってからの)住まいは毛織の反物をはぎ合わせたテントで、大きいものはナクツァンという。ナクツァンは反物の横幅が広く、形も固定家屋のように四角く、大きいものは反物20枚ほど、小さいもので反物7、8枚ある。扉もbkyag sgo、phab sgo、khang sgoなどがある。
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黒テントはsbraであれnag tshangであれ、(向かって)右側が男の間で、奥がラマや僧、客人の間、中ほどが主人の座、下手は召使いの間である。左側は女の間で、奥が年寄りの座、中ほどが主婦(ja ma)、下手が召使いの間である。
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人の住むところであれば、テントには祈祷旗、固定家屋には福運を呼び寄せる幸運の矢(mda' dar g.yang khug)のない家はない。
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夏はたいていヨーグルトにミルク、バター、チーズ、肉などを食べ、穀物を多く摂る習慣はない。冬になると貯蔵肉(dgun sha)といって羊をたくさん屠って貯蔵したもの('os tshu)と、肉と穀類を食べない土地はない。秋と春はトマ芋を掘って食べる。
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(正月や結婚式などの際の肉のふるまい方について)尻尾の付け根の部分の肉を据える場合は、皮を剥ぎ、che 'dren?(立派に備え付ける?)した上に、皮?を取り除いた白い肋骨を5本ないし10本置く。首肉や肩肉を据える習慣はない。もし肩肉や首肉を据えなければならない場合は、首肉のkha nag?と肩肉のkhyi sko?を取り除かなければならない。胸肉の前半分は好まれる贈り物であるので、gza' dponや長男?(bu chen)に据える。
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初乳 (spri) は春にヤク、羊、山羊を出産した母畜の産出する少し濃い乳を沸かしてできたもので、粥のような濃さと少し黄色い色をしており、特別な味がするものである。栄養価が高く、他の食品と混ぜたりすることなく、乳そのものからつくるものである。人の手で簡単に加工できるものでもなく、必ず仔畜を産んだばかりの母畜の乳を沸かしたものからできるものである。
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山羊と羊の初乳 ('o spri) は濃く、栄養価も高い。一方、ヤクの初乳は薄く、脂肪分や栄養価が低いため、初乳の中でもヤクのものは質が最も悪いとみなされている。
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また、初乳に簡単な加工を施して様々な食品が作られる。例えば、初乳の中に小麦粉を入れてとろっとなるまで混ぜた後、フライパンにバターを溶かし、お玉で薄く伸ばして焼いた焼き菓子のようなものがある。美味で、形も美しい。
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また、ティト (spri gro) というのは、炊いたトマ芋を初乳の中に加えて食べるものである。さらに、ティセク (spri bsreg) というのは家畜追いたちがルバーブの茎を切った中に初乳を搾り入れ、山でヤク糞を燃やした火で短時間炙ると固まるのでそれを食べるものである。