「チベット高原万華鏡テキストDB」では、フィールド調査の記録や文献資料に記録された牧畜や農耕といった生業にかかわるテキストを引用し、日本語以外の場合は翻訳も添え、「搾乳と乳加工」「糞」「食文化」「服飾文化」などのカテゴリータグをつけて集積しています。地図上にはプロットできない情報を含め、民族誌や旅行記、史資料の中にバラバラに存在していた生業にかかわる情報を検索可能な形で統合して見える形にすることで、新たな研究を生みだすことを目指しています。
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(ンガルラン(mngar langs)というチーズは)バターミルクを沸かしてホエーとカードを十分に分けることができず、酸味が強くなってしまったものを毛織布の袋に溜めていき、火の近くや日の当たるところなど、温かい場所に長期間置いて、少し腐敗が進んだ様子が見られ、表面も変化してきたら、オチュルのような甘い味に変化する。それをンガルランという。
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乾燥ヨーグルト(zho skam)とは、秋にとれるヤクの良質な乳を色も臭いもついていない白い布袋か、胃袋や革袋などの中に入れて、家の中などの冷暗所にぶら下げておき、水を出し、ヨーグルトが腐らないように乾燥させたものである。これは春や冬の乳の少ない時期や、正月のとき、家畜を遠くまで放牧に行く家庭、遠くまで旅に出るときなどに、この乾燥ヨーグルトから一塊取って椀に入れ、適温のお湯で何度もかき混ぜ、しばらく置いておくと、まるでフレッシュなヨーグルトのような食管になるものである。
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また、乾燥ヨーグルトの別の作り方としては、綿布または胃袋の中にヨーグルトを入れて数日の間、冷暗所に吊るしておき、水分がおおよそ飛んで、少々固くなった頃を見計らって、lteb kyi steng du?小さな塊にしてから乾燥させる。チュラほど固くなく、おいしい食べ物のできあがりである。
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北部の牧畜民の土地の一部では、春から夏に移り変わる時期に、ヤクの仔畜の首から結構な量の血液を瀉血する習慣がある。これは家畜の悪い血を抜いて、体力を向上させ、成長によい影響を与えると言われているものである。瀉血した血液で様々な料理を作る習慣があるが、そのうち、時宜にかなったものとして、乳を使ったものは、血液をトゥクパのように煮たものを冷ましてヨーグルトのようになった塊を四角に切って、ヨーグルトと混ぜていただくというものである。
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バターと血の料理。(授乳中でない)ヤクから瀉血したら、あらかじめヨーグルトや生乳、バターミルクいずれかを入れておいた盆、皿、鍋などに瀉血した血を溜めて、お玉で長時間かき混ぜる。そうすると血が固まってくるので、それを手でsnur snur btang?してから、塩を加え、溶かしバターか生乳、バターミルクを再度注ぎ、ツァンパも入れて何度もかき混ぜていただく。
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また、上述のマルツィ(dmar rtsi)としたヨーグルトとバターミルクのいずれかを血とよく混ざり、血液が凝固してきたものをナイフでいくつかの塊に切り、ホエー(sngo sing)に塩を加えてしばらく煮て味わう料理もある。
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また、肉好きの者の中には、先ほどの凝固した血の塊を椀に取って、その上にツァンパとバターを少し加えて食す者もいると言われている。
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冬、少量のミルクしか得られないときは、大きな木製の攪乳器の代わりに羊の胃袋で作った袋を用いる。膨らませた胃袋に酸乳(ヨーグルト)を注ぎ、振盪させる。
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(西チベットの乳加工)冬、ミルクが非常に希少な時期には、二日〜三日分のヨーグルトを一回の加工に充てる。チャーニングは通常テントの中で、羊の胃袋を使って行われる。チャーニングをする人は胃袋に息を吹き込んで膨らませ、そこにヨーグルトを注ぎ、膝に乗せて繰り返し前後に揺するとバターができる。
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三種類のチャーンがある。(まず)細長い形状の革袋で、ハンモックのように吊るして振盪してバターを出すもの。もう一つは同じような形だが焼き物(陶器)でできたもので、これも振盪させて使う。(三つ目が)高さのある木製の攪乳器で攪拌棒を上下させてバターを出す。昔の洗濯機のピストンのようなものである。
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革袋のチャーンは村や牧場、森などから最も遠いところに位置するコミュニティーで用いられている。焼き物(陶器)のチャーンは革袋チャーンを模したものと言われているが、主に農業地帯で発達したもので、主には半農半牧地帯で用いられている。木製の攪乳器は大量のミルクを扱うことのできる最も効率的なチャーンで、木材加工を行っているコミュニティーと交易関係にある牧畜民の地域ではどこでも見られるし、長距離交易のコストを払う余裕のあるコミュニティーでも見られる。
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チャーニングが終わり、バターミルクを手で搾り出すと、(取り出したバターに)さらなる水洗は行わず、すぐさま羊の胃袋か革袋に詰めてしまう。塩は添加しないこともあり、バターはすぐに腐り始める。残留したバターミルクが数時間で緑色に変わり、腐敗を早める。
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一部地域では、バターミルクではなく全乳を使ってもっと乳脂肪分の多いチーズを作ることもある。固い丸形にまとめ、中央に穴を開け、紐で持ち運びやすくする。このチーズは固く、シチューなど煮込み料理に用いる。
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羊、ヤク、ゾのミルクはだいたい一緒にしてバターやチーズを作るが、ヤクと羊のミルクが好まれる。
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(チベット人はモンゴル人やカザフ人と異なり、馬の搾乳は行わないが)ラサを4-5日かけて北上した地域にあるダムの牧畜民たちの中には、雌馬の搾乳が行われる地域がある。搾乳は男性が行い、モンゴル人のように馬乳酒(クミス)を作る。17世紀にこの地域の牧畜民たちは、当時のチベットの支配者であったグシハンに任命され、馬乳酒を献上していたのである。この習慣が現在に至るまで受け継がれている。しかし今では牧畜民自身が、他のチベット人の白い目をよそに、馬乳酒を飲んでいる。
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(製陶の)燃料は草の根だ。草の根と言ってもヒョロヒョロした根ではなく、地上に出た葉の部分よりも地中に浅く細くびっしりと絡みつく様に根が張っているので、チベット語でラマという。このラマをブロック状に切り取って、浅く掘った穴の上にラマをドーム状の屋根に積み、その中で焼き上げていたが、ラマも無尽蔵にあるわけではないから、今もその村で焼き物が作られているかは判らない。
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ヤクが落としたそのままを乾燥させて保存し、使っていくこともあれば、まだ柔らかい糞を集めて練り直してから乾燥させることもある。時には藁くずを刻んで混ぜて練ることもある。ヤク糞は土壁の家の外壁に貼り付けたり、小さく出入り口を開けてドーム型に積み、生まれてまもない子羊の小屋にすることもある。保温効果があるからだ。
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もっと脂肪分を含んだプロセスチーズを作る地方もある。これはごく限られた地方でしか見たことがないが、3〜5センチ幅の帯状に作り、出来立ては柔らかくそのまま食べて美味しいが、冷涼で乾燥した気候のチベットだから、すぐに板状に固くなる。これを折って、バター茶に浸して食べるのだが、するとバター茶も美味しくなるし、チーズも柔らかくなって美味しく食べられる。
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ヨーグルトシチュー:ヤクのヨーグルトを中心として、どのようなヨーグルトでもよいが、容器に入れ、火にかけてよくかき混ぜ、どろりと濃くなる手前まで加熱する。何度か加熱して、さらっとしてきて、酸味がかなり強くなると、ヤクの肉などを大きめに切ったものを適量加え、再度加熱し、ヨーグルトの白い色と肉の赤い色がほぼ同じになって、白くも赤くもなく、味もヨーグルトの酸味と肉の味が同じになり、酸味も甘みも適度になったところで椀によそってトゥクパのようにいただく。
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これ以外にも、牧畜民の一部地域ではヨーグルトにツァンパを加えて加熱したものを食べる料理もあり、これもショトゥクという名で呼ばれる。