「チベット高原万華鏡テキストDB」では、フィールド調査の記録や文献資料に記録された牧畜や農耕といった生業にかかわるテキストを引用し、日本語以外の場合は翻訳も添え、「搾乳と乳加工」「糞」「食文化」「服飾文化」などのカテゴリータグをつけて集積しています。地図上にはプロットできない情報を含め、民族誌や旅行記、史資料の中にバラバラに存在していた生業にかかわる情報を検索可能な形で統合して見える形にすることで、新たな研究を生みだすことを目指しています。
なお、本DBは進行中のプロジェクトであり、引用や翻訳に間違いが含まれている可能性があることにご留意ください。ご利用される場合は、必ず原典を確認してご利用いただければ幸いです。問題があれば、 「チベット高原万華鏡」とはに示したお問い合わせ先にご連絡いただければ幸いです。また、論文、著書などで利用される場合は、本DBを利用したことに言及いただければ幸いです。
661
私の姉は料理の手伝いをよくしており、常にかまどに燃料があるかどうか確かめていた。うちではヤク糞を用いることもあって、馬糞や羊糞は主に畑に使っていたけれども、薪もたくさんあった。大きな木ではなくて、近隣の山に生え広がっている灌木を採ってくるのだ。それはとてもいい燃料で、われわれはいつも暖を取ることができた。
662
テントはかまどで温められており、火鉢が置かれていることもある。香草を焚き上げるための小さな特別な火鉢は常設されており、これによって室内の空気をよい香に、また清浄に保つのである。
663
畜産物の生産量は,水や草の豊富さに大きく関係する。70歳の玉珠さんの話では,32年前,部落の草は馬の腰ほどの高さがあり,当時は5頭で1日20kg以上の搾乳が可能だったとされる。 この15年間,何らかの理由で牧草は繁茂せず,乳量は以前に比べてはるかに少なく,ピーク時でも6頭で1日に15~16kgしか出なくなっている。 近年のバターの生産量は、4歳の搾乳牛で考えて,毎年子牛を生む母牛では年間5グラム,前年に子牛を産んだ母牛は4グラムのバターを生産する。
664
彼女たちは通常,14歳までに牛の乳搾りとバター作りができるようになる。この一連の技術は、牧畜地域で働く女性を評価する基準であり,牧畜民が配偶者を選ぶ際の条件にもなる。 裕福な家庭や若くて健康な女性が2人以上いる家庭では,女性の仕事量に応じて搾乳牛が割り当てられる。 水と草が豊富な5月、6月、7月、8月には,それぞれの女性が搾乳したミルクをバターとして保管し,ピークの後で誰が多く搾れたかを評価する。このような労働の配分は競争を意味しており,生産を刺激します。 それは立派な習慣であったと考えられる。 豊かな家庭では,この労働の配分に資本主義的な意味合いが含まれていることもある。
665
ミルクの撹拌容器の高さはおよそ3尺5寸ほど、直径はおよそ7寸であり,中には撹拌板が入っており,中央には長さ4尺の木製の取手がある。 バターを作る(叩く)際には,両手で取手を握って持ち上げたり放したりしながら,2000回以上叩く。早くバターを作る時には,叩きながらお湯を加え,時々,桶を揺らすことでバターが浮き上がってくる,その後,それらを拾ってきれいな水の入った桶に入れ,こねて一つの塊として保管する。桶に残った奶渣(チーズ?)は,ろ過して乾燥させ,乾燥チーズを食する。
666
この牧草地には約40種類の草が生えており,その大部分が良質な牧草であり,主なものは「バンツァ」と「ナワ」である。バンツァは乾燥した平地や山の斜面に生育しており,高さは高くても1.5~2寸,葉は細かくて柔らかく,栄養価は高く,夏から秋にかけて牛や羊の主な牧草となり,総面積の約65%を占めている。ナワは,川の両岸や湿地帯に生育しており,8寸から1尺ほどであり,形状は麦わらに似ており,(ナワは)冬は雪に覆われにくいため,越冬時の家畜の主な頼みの綱となっており,分布面積は全牧草地の約15%になる。 牧民によると,桑雄の牧草は短いが,隣の当雄などの草に比べればマシだという。ここの牛や羊は太りやすく,夏にはより多くのミルクを生産し,秋には脂肪が減りにくい。
667
(冬でも)彼らは外で眠る。私もその方が好きだった。冬営地は一所に留まる。そうすることで様々な方法で住まいを守ることができるのである。その一つがヤク糞の壁を築くことである。これはテントに風が吹き込むことを防ぐと同時に、よりよい燃料とするために糞を乾燥させているのである。これは都合の良い糞の保管法である。私たちはこのヤク糞の壁とテントの間で眠ったものだ。年寄りは冬の間はテントの中で眠るのである。
668
ララ と ソシェ:ララ には2つの作り方がある。 1つは、煮立てたミルクを、細い枝を巻きつけた陶器の壺?に入れて半分ほど発酵させ、さらにそれを鍋に入れて木の棒でかき混ぜながら煮たてると、グルテン状のものが浮き出てくるので、それを取り出して方形や長めの短冊にして乾燥させる方法である。もう1つは、バターを作る攪乳器に入れて発酵させてから煮立てる方法である。これは黄色くて柔らかく、少し酸味のある乳食品である。 前者の方法で発酵させると、壺の中の枝にクリームの層が溜まるので、それを取り出して羊の胃袋に入れて乾燥させるとソシェができる。また、加熱した牛乳の表面に形成された膜をまとめて上記のように乾燥させることでもソシェができる。
669
われわれはヤク糞の壁のみならず、鞍を積み上げて風防壁としたものである。そうすると犬たちがやってきて、われわれの上に寝そべるのがこれがまた温かい。ヒツジも来て一緒に寝ることがある。連中はわれわれのブーツを枕代わりにするのだ。ヤクも温かいが、しょっちゅう蹴ってくるので寝るにはいい仲間ではない。雪も降って濡れることもあるが、それでも私は外で寝るのが好きだった。
670
ララはお客をもてなしたり贈り物をする時に使われることが多いが、普通におやつとしても食べる。ソシェとミルクの膜は、冬の長旅の道中でツァンパと一緒に食べる。
671
バターの制作:ミルクを加熱し,鍋の底から小さな泡が上がってきたら,鍋を持ち上げ,保温性の高い服や毛布で包む。 約半日かけて,牛乳が固まって豆腐のようになって奶酪(ヨーグルト)が得られる。ヨーグルトを容器(図有り)に入れて揺すると,30分も経たないうちにヨーグルトの表面にバターが浮かんでくるが,このときにヨーグルトはもはや塊状ではなく,濃厚な白い豆乳のようになっている。 浮いてきたバターを拾い上げて塊状にして水に浸し,固くなると我々が日常的に見るバターと同じものになる。残った液体を沸騰させると,自動的に水とチーズが分離されて塊になるので,それを天日で乾燥させたものが人びとが「干奶渣」と呼ぶものである。 ミルクのかすを取った後,残った水は淡い黄色であるが,これは飼料に使うこともできる。
672
(乳扇の作り方)一つは、鍋にホオズキやスイバのような植物で作った酸味のある液を入れておき、そこへ牛乳を入れ、加熱しながら木の棒でかきまぜ、かたまらせてから手でこねるものである。こねたもの を木の棒に巻きつけながらのばしていき、それを長い二本の木の棒で作られた枠に巻きつける。その操作を数回繰り返し、枠の長い木の棒に巻きつけられたものが、それ以上巻きつけられないようになると、枠の上端にあるカギを張ってある針金などにひっかけ、乾燥させる。乾燥したら、 枠から引っぱり抜くと、「乳扇」ができあがる。
673
バター作り:バターは,牧畜地帯に住むチベット人にとって重要な食料であり,この地域内で物資を交換する際の評価でもバターの価値に換算されることが多い。牛やヤギを飼う最大の目的は乳を搾ってバターを得ることである。 そのため,この労働は女性の必修科目であり,全員おこなうことができる。一般的に,100斤のミルクから8斤のバターと3斤のチーズができる。一人の女性が一日に処理できる200斤ほどであり,バターは15斤ほどである。金持ちは木製の容器を買い,木の棒でかき混ぜてミルクからバターを分離する。しかし,木製容器を買うには牛が一頭分の額が必要なため,多くの牧民は羊の皮や牛の胃袋で作った袋でミルクからバターを分離する。
674
チンダーとはどんなものかというと、生乳をかき混ぜながら温めて、乳の水分を飛ばし、もったりとして固めの糊状になったら、バターを加えて混ぜ、よく捏ねる。それを八吉祥の模様などの描かれた木の棒に巻きつけておくと固まってくる。固まったら、燃えさしの火が赤くなっている上で炙る。とろっと溶けてきたら、用意しておいたクレープ(sreg zan)に塗って、くるくると巻いて食べる。とてもおいしい食べ物である。
675
それはブータンのフィルーである。フィルーは白色の軟チーズ状の乳製品で,弾力性があって,引きちぎると餅のように延び,ネバネバしていて,味は酸味がなく,非常に上等な乳製品である。フィルーをつくるには,乳を集めて入れておく容器の壁に,毎日毎日洗わずに使用していると,白く附着してくるものの層ができる。これをかき集めてつくったものだと聞いている。ブータン人でフィルーをたくさんつくろうとする時は,乳容器の中に竹籠をはめこんで,附着する表面積を大きくして増収をはかっている。これはいわば容器壁附着系列とも言いたいが,むしろ,加工の一つの方法と見た方が適当であろう。ところで,こうしてつくられたフィルーは,私の経験では乳加工品の中では一番うまいものだと断言できよう。上等なフランス料理で食後に食べる多種類のチーズの中にも,これに及ぶものはないだろう。
676
夏場で搾乳のピークになると,各営地で1日に3〜4樽分のミルクが搾れるが,女性達はバターを作り始める。夕暮れ時に牛から搾乳されたミルクは,鍋で沸騰するまで加熱したの後,熱くない場所で静置する。翌朝,朝食後に大きな牛皮の袋にミルクを入れて袋の口を縛り,空気を吹き込んで袋を膨らませてしっかりと縛り,絨毯のうえで揺すって撹拌する。揺する時間は,夏は短く,女性たちは頃合いを見計らい,片手で袋の口をしっかりと押さえ,紐を解いてもう片方の手に持った木の箸でチェックする。箸にバターがついていて十分であると判断すると鍋に移すが,バターは表面に浮かんでいる。両手を掴んでバターを撹拌し,包んで丸い形に成形して,木桶の水中に入れて固く凝縮させる。木桶に入りきらないほどの大きさになると,取り出して力で押して水分を取り除き,牛革の大きな袋に入れて縫い付けて市場に売り出す。
677
中流家庭の男性は毎日バター茶を、女性は白茶④を飲み、夏には喉の渇きを癒すためにタラ⑤をよく飲む。 夏はバター茶をはじめとしたバターを食べる機会が多く、1人1日1ニャガ(1ニャガは25g程度)ほど食べるが、冬にもバターを食べることはできる。夏にはララ⑥もよく食べる。この時にできる乳皮やソシェ⑦は、冬用に残しておくか、出かける時の為に残しておいて道中食べることが多い。【以下本文注釈】④白茶は実際はお茶ではなく、沸騰したお湯に少量のミルクと塩を加えて作る飲み物。⑤タラはバターを抽出した後の脱脂乳であり、白くて酸味があり、喉の渇きを癒して空腹を満たす。⑥ララは半発酵乳を煮て作る乳製品である。柔らかくてしなやかで、長く伸ばしたり餅状にしたりする。⑦ソシェはミルクを桶や攪乳器に入れた際に容器上面に付着する脂肪分を指す。【注釈終わり】
678
フィルーはクリーム状の発酵乳製品であり,木製の容器に新鮮なミルクを注ぎ,その中に乾燥したつる植物や小枝で作った太い網を入れてミルクを静置するとできる。1日に2〜3回,牛乳を容器に注ぎ6〜7日間,中には15日間も発酵させる人もいるという。
679
伝統的なフィルの作り方では,円筒形の竹製の容器(ブティア語でdhungtukやdzydung)や木製の容器(北シッキムではyadungやthongba)に集めた新鮮なミルクを,数分間この容器を回転させながらゆっくりと回転させる(図13)。表面積を増やすためにつる性の網を容器の中に入れておく場合も。容器の壁や網の周りにはクリーム状の塊が付着する。その後,ミルクは取り出して別に利用する。容器を逆さにして残りの液体を排出する。この作業を毎日6~7日間繰り返すと,容器や網に白くてぶ厚いクリームの層ができる(図8)。この軟らかい塊は「フィル」と呼ばれ,削り取って販売・消費される。
680
皮なめし:牛や羊の皮のなめしも重要な畜産加工労働であり、通常,男性はおこなうことができ,各家でおこなっている。羊の皮1枚なめすのに2〜3日、牛の皮1枚をなめすのに5〜6日かかる。その工程は、まず牛や羊の皮を水で濡らした後に乾かし、バターやヨーグルトを塗り、土をかけて乾燥させた後、足でよく引っ張り、ギザギザの木の棒で前後に擦ることで、生皮がなめされる。