「チベット高原万華鏡テキストDB」では、フィールド調査の記録や文献資料に記録された牧畜や農耕といった生業にかかわるテキストを引用し、日本語以外の場合は翻訳も添え、「搾乳と乳加工」「糞」「食文化」「服飾文化」などのカテゴリータグをつけて集積しています。地図上にはプロットできない情報を含め、民族誌や旅行記、史資料の中にバラバラに存在していた生業にかかわる情報を検索可能な形で統合して見える形にすることで、新たな研究を生みだすことを目指しています。
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ミニャク・ポロク:小麦粉に水を加えて捏ねる。それからチーズ、バター、豆粉、砂糖を混ぜたものを小麦粉の生地で包んで丸い形に作り、せいろで蒸す。
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クリームの溶かしバターがけ:ヤクまたはウシのフレッシュクリームの上にバターを溶かして程よい温度になったものを注ぐ。最後に砂糖を振りかける。
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タンツァン・カツァ:生乳を加熱し、ホエーまたは酢を少し入れて凝固させ、凝乳(チュラ)を作る。それから薄い布に凝乳を入れて、石の板の間に挟んで脱水し、薄く切ったものを茶碗やボウルに入れ、塩、トウガラシ、胡椒をかけて混ぜ合わせる。
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ララの冷製:ララを一口大に切って、塩、トウガラシ、香菜を入れたトウガラシソースを作ってララと一緒にいただく。
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シッキムとラダックでは、クリーム分離に相違点が見られる。シッキムではまず生乳からクリームを分離し、スキムミルクを発酵させるのだが、ラダックでは生乳をまず発酵させて酸乳にし、そこから脂肪分(バター)を分画するのである。
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生乳の大部分はバター作りに使われる。この点ではヤクの濃くてクリーミーな乳と交配種または普通のウシの乳には違いがない。バターは生乳から作られることはなく、まず加熱し、それからポットに移して発酵の進んだ酸乳を少し加えたら、布をかけて静置する。翌日には発酵していて、できた酸乳を攪乳器に入れてお湯を加える。それから木製の攪拌棒で上下に力いっぱい攪拌する。回転はさせない。バターが塊になってきたら、バターミルクから取り出し、水洗し、皮袋にしまう。最近は灯油缶を使うことも多い。
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(バターを取り出したあと)残ったバターミルクは飲むこともあれば、加熱して凝固させ、シェルカムとして知られる乾燥チーズにすることもある。凝乳はできたてを食べることもあれば、皮袋に入れて保管することもある。シェルカムを細かくして天日乾燥する人もいる。非常に固く、いつまでも保存がきく。この固い食品はチュルピと呼ばれ、旅に携帯して、常に口の中で噛んで少しずつ溶かしていくのだ。
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もう一つの、そしてより貴重な保存可能な乳製品はコラニで、生乳をタフィー状になるまでゆっくりと加熱濃縮して作る。少量のコラニを作るために大量の生乳が必要であり、牛を飼っている裕福な家でのみ、嗜好品としてほんの時々作られる。
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(ヤクの瀉血をする際に)流れる血は木椀か金属製の椀に入れて、2パイントほどとれる。器具を引き抜いたらすぐに傷口は自然に閉じ、家畜は苦しそうなそぶりもみせず、すぐに群れに戻る。血には塩と水を入れて、凝固するまで待つ。塊を切って焼いたりゆでたりする。または凝固する前にツァンパと混ぜて蕎麦粉のパンを焼くように熱した石盤の上で焼く。
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ヤクからもたらされるもう一つのタイプの食品は、生きた家畜から折りに触れて採る血液である。シェルパは瀉血は血のためというよりは、家畜の健康増進のためや、不妊症の治療のためだと言う。処置は技術と冷静な手技が必要とされるが、比較的シンプルなものである。まず家畜の角を木や杭に括りつける。そして家畜の首の回りをロープでしっかりと縛り、鋭い鉄製の串のようなもので動脈を刺す。
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トマトは南部地方以外のチベットではあまり見られない。トマトの代わりにショシャあるいはチュリュというものを使う。これはクリームや生乳の皮膜から作られるチーズのことである。慣れれば非常に美味である。チュリュやショシャの代わりにリンバーガーを用いてもよい。あるいは臭いの強い柔らかいチーズがあればそれを使ってもおいしくできる。
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チベットではバターは山羊皮袋で保管されることが多い。バターを入れる前に皮は湿らせておく。そうすると皮が乾くにつれて収縮して密封状態になるのである。こうすることで空気に触れず、バターが悪くならない。こうするとバターは長期間にわたり保存することができるのである。これらの保存袋は様々な大きさのものがある。山羊の毛が袋の外側になるようにする。
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大きな皮袋にクリームを一杯に詰め込んでバターを作る家もある。皮袋はしっかりと縫い合わせ、子どもたちに皮袋で遊ばせる。彼らは家中、皮袋を転がしたり蹴ったり、パンチをしたりしてまわる。お年寄りもこれを行う。
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酸乳または生乳を1分から15分攪拌する(チベット式の攪乳器のイラスト参照)。泡粒のようなバターが表面に浮いてくる。手を洗ってヨーグルトの上に冷水を1カップふりかけ、浮いてきたバターを手で寄せ集める。優しく握りしめてバターを丸める。さらに攪拌して、冷水を追加する。徐々にバターができるまで時間がかかるようになっていく。バターが上がってくる間、これを繰り返す。
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攪乳器の中には薄いバターミルクが残る。これをタラと呼ぶ。そのまま飲んでもよいし、ツァンパに混ぜて食してもよい。
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セルあるいは凝乳は皮袋に穴を開けてそこから搾り出すこともある。乾くと麺のようになる。
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アルナーチャル・プラデーシュでは、チュルピは様々な方法で作られ、生のまま使うこともあり、市場価格では1kgあたり400Rsで入手できる。より美味なチュルピとして、チュル・チルペン(生乳に野生リンゴを添加して加熱する)、大豆チュルピ(libi chhurpi)、チュルピのチャツネ(トマトや野葱とともにペースト状にしたもの)がある。チューはスープにするか、玉ねぎ、トマト、トウガラシ、塩とともにバターで炒めてカレーにする。
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肉の貯蔵法の古代からあったもう一つの方法は、干し肉あるいは燻製にする方法で、これは世界各地にバラバラとそのような製品が見られるが、たいてい経済的にたいして重要になっていない。しかし、世界にただ一ヶ所だけ干し肉が重要になっている地域がある。それはチベットである。
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チベットは食品貯蔵という見地からながめると、特に興味の深い地域である。それはチベットの自然条件が食品貯蔵の世界での最上の場所であり、彼等の生活態度がまたそれによく対応しているからだ。ほとんど四〇〇〇メートルの高所にあるチベットは、食品貯蔵の一般的好条件、低温と乾燥がある。そのうえ空気がうすくなり、海面上のおよそ半分になっている。このことは、貯蔵食品を買いする酸素がすくなく、反面水分の乾燥力は強い。この酸素がすくない点は、文明国でも貯蔵に簡単にはまねられない好条件となっている。
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ブータンではブタの燻製がよくあって、太い股肉が囲炉裏の上にぶら下げてあり、毎日けぶらして燻製にしながら貯蔵しているのをよく見かけた。ブタ肉の貯蔵法で特殊なものはチベットの東部辺境にあたる雲南省のナヒ族の無骨猪だろう。これはブタの骨や肉をぬき、脂肪だけをのこした一匹分の大きな皮を十分に塩漬けにして縫いあわせたもので、約一〇年も貯蔵される。主張はこれをたくさん貯蔵室におき、時に敷物として利用するという。食べる時には皮を帯状に切りとり、数分間、脂肪がとけてしまわない程度に煮るのである。