「チベット高原万華鏡テキストDB」では、フィールド調査の記録や文献資料に記録された牧畜や農耕といった生業にかかわるテキストを引用し、日本語以外の場合は翻訳も添え、「搾乳と乳加工」「糞」「食文化」「服飾文化」などのカテゴリータグをつけて集積しています。地図上にはプロットできない情報を含め、民族誌や旅行記、史資料の中にバラバラに存在していた生業にかかわる情報を検索可能な形で統合して見える形にすることで、新たな研究を生みだすことを目指しています。
なお、本DBは進行中のプロジェクトであり、引用や翻訳に間違いが含まれている可能性があることにご留意ください。ご利用される場合は、必ず原典を確認してご利用いただければ幸いです。問題があれば、 「チベット高原万華鏡」とはに示したお問い合わせ先にご連絡いただければ幸いです。また、論文、著書などで利用される場合は、本DBを利用したことに言及いただければ幸いです。
61
(海西の)蒙古地帯から漢人地帯に搬出している塩運搬のヤクの隊商と出会う。二十四、五頭を一隊とした各ヤクの背には、山羊の毛で編んだ袋に詰められたふた袋の塩袋がぴったりとつけられ、ヤクは先を争うように横に広く展開し……ヤクの群れが一隊、二隊、三隊と後から後から現れては過ぎ去って行く。
62
茶が終ると各人の椀に、白色の絹豆腐のどろどろしたような乳製品が注がれる。……これは蒙古語で「タルグ」、チベット語で、「ショー」、英語で「バターミルク」と呼ばれ、夕方ヤクか羊、山羊の乳を沸かして、暫くそれを冷して置き木桶の中に移し、一晩たつと翌朝にはこの乳が絹豆腐のどろどろしたように凝結し、「タルグ」となるのである。乳質か地勢気候の関係か、如何なる理由によるかは解らないが、青海省、チベットが特産で他の遊牧地帯では作ることができないようである。……青海地方でも、水分をあまり含まないヤクの乳が最適で……。
63
(チベット兵も)常に左脇に羊毛を抱え、25センチくらいの細長い木の先に、まるい鉛のついている糸つむぎ器を回転させては、器用に羊毛をつむぎ、毛糸を作りながら話しこんでいた。……暇さえあれば歩きながら、……まったく手慰みのように習慣となっていて、その器用で早いことには感心する。
64
この小動物は蒙古語で「タルバガ」、タングート語では「シォオ」と呼ばれ、山麓や谷間に群れをなして棲んでいる。石ころの多い大地に野鼠と同様、地中に四方に通ずる穴を掘って棲家とし、冬の訪れと共に11月の末から冬眠に入る。
65
(仔羊は)温かくなり新芽が出て来る頃になると、初めて母羊達と共に、草原に出て行くのである。そしてこの頃になると、放牧中には母羊の乳房には布、フェルト等をかぶせて置き、子羊に乳を吸われないようにして自分達の飲料、乳製品用の乳を確保している。
66
生まれて間もなく死んだ、子羊の剥製を持ち、(主婦が)片手に乳入れの桶を提げて(テントの)外に出て行った。……母羊を見つけ、その羊の側に近づくと、まず剥製の子羊をその羊の鼻先に持って行った。……主婦は乳入れの桶を置いて、母羊の乳を搾りにかかった。
67
比類のない神の子よ ナキウサギの肉は召しますな 肉とバターとバター菓子トゥルを召し上がれ
68
雌ヤクのミルクは雌牛のミルクよりもかなり量が少ないが、雌ヤクのミルクの栄養価は他のミルクよりもかなり良質である。少量の雌ヤクのミルクから多くのバターを採ることができ、それも栄養価が大変高いものである。
69
一般に牧畜民がテントの入り口を南向きにする理由は、「南は財運を呼び込む入り口」と言われているからで、かまどの口は東と西に向ける。東に向けるのは「東は友の来る道」として、外から友がやってくるという意味であり、西に向ける意味はテントの女性の間が人の運と財運のありかだからであり、各家庭の運気を上げる運気の箱はそこに置いてあるので、外からくる友が家の中の運気となるためである。
70
牧畜民の土地では羊たちは常に羊飼いないし持ち主の言うことを非常によく聞いているのだが、その理由は、牧畜民たちが普段羊を呼ぶときに、塩入りのヨーグルトを少し食べさせてやっているからである。
71
それから搾乳をする女性たちが長い紐を何本か持って「タッカ、タッカ、タッカ」と言うと、搾乳用の羊たちが一列になり、一斉に首を伸ばして数珠繋ぎに並ぶ。そのさまはまるで将軍の指示に兵士たちがきっちり従っているかのようだ。
72
それから搾乳をする女性たちが100頭から500頭ずつ搾乳する羊の頭を組み合わせて、紐で順番にくくっていき、搾乳する女性たちが左右から順番に先頭から搾乳をしていく。これをわれわれは驚きをもって見ていた。
73
牧畜地域では搾乳は女性の仕事とみなされており、男性たちは搾乳をする習慣が一切ない。
74
一部の牧畜村では妻のことを搾乳婦と呼ぶ習慣があるが、これもまた主には女性の仕事であるためにそのように呼ばれていることは明らかである。
75
彼ら(チベット人)の住居は……「バナク」と呼ばれる天幕である。……まず2本の長い棒に、強い綱を張り渡して柱と梁とにする。この2本の棒はやや斜めに傾いて立て、各棒の先端に結ばれている4本の綱を両翼、前方の地面に釘づけにして棒の安定を保つと、梁に長六角型に造られた天幕を掛ける。この6つの角は、下から50センチくらいの所から背縫いにされている綱を張って、地面に釘づけされ天幕が張られるのである。
76
(チベットの馬は)蒙古馬に比べて体格も遥かに良い上、強く、毛並みも美しく堂々たるものだ。「アンドウ(アムド)馬」として西北、チベット方面ではとくに有名で、漢・回・チベット人は好んで求めている。また、馬と共に優秀なラバの産地であることも有名で、特に永登付近のタングート地方は、この産地として名が知られている。
77
ヤクは非常に水浴を好み、おまけに巧みに泳ぎ、その泳ぎの見事なこと馬以上である。
78
(ヤクは)夏の前に長い腹毛を鋏で刈り取り、この毛は糸に紡がれてラシャに織られ、天幕、敷物、袋等に作られる。長いふさふさしている尾は、特に高価で、北京方面に輸出されて付け髭の材料として珍重されている。シナ芝居になくてはならぬ役者のあの物々しい付け髭は、ほかならぬこのタングート産のヤクの尻尾なのである。またインド方面に輸出されては、そのまま塵払いとしてインド人の間に珍重されている。
79
バターを作る乳としては、脂肪分の濃いヤク、牛、羊の乳。タルグ(ヨーグルト)もヤクの乳。乳茶用の乳としては薄いラクダ、山羊の乳が最適とされている。
80
政府が援助物資としてくれたが一度も使っていない新しい鍋に、薫香を十分に焚きしめてお清めをし、祈りを唱えながらミルクを発酵させると、次の日の朝、骨の髄のようにすばらしいヨーグルトが出来上がった