「チベット高原万華鏡テキストDB」では、フィールド調査の記録や文献資料に記録された牧畜や農耕といった生業にかかわるテキストを引用し、日本語以外の場合は翻訳も添え、「搾乳と乳加工」「糞」「食文化」「服飾文化」などのカテゴリータグをつけて集積しています。地図上にはプロットできない情報を含め、民族誌や旅行記、史資料の中にバラバラに存在していた生業にかかわる情報を検索可能な形で統合して見える形にすることで、新たな研究を生みだすことを目指しています。
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肉の貯蔵法といえば、西欧のもののように考えがちだが、実はこんなにチベット文化がその大発達をおこしているもので、その影響はブータンや雲南省でありありと見られるものである。自然条件も加わって、チベットがその世界一のセンターなのである。
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乳を利用しない東南アジアと、乳を利用するインドとの境は、ビルマとインドを境する山岳地帯で、アラカン山脈、パトコイ山脈がその境界線である。とはいっても、この山地民にはいろいろの民族があるが、有力なものはナガ族で、彼等は乳を利用しない。つまりアラカンーパトコイ境界は、山の中は乳不利用圏で、その西のアッサム平地から利用圏に入るのである。アラカンーパトコイ山地の北方にはアッサムヒマラヤ地区がある。ネパール、シッキム、ブータンまでは乳利用圏であるが、アッサムヒマラヤの東半分は乳を利用しない地域になる。そしてその北方では、チベット、さらに北方のモンゴルがこれまた乳利用圏に入ってくる。
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チベットがインドともう一つちがう重大な点は、チーズが大量に普通につくられていることである。このチーズは、ダヒをチャーニングして、バターのかたまりを取りのぞいたバター・ミルクから製造される。このバター・ミルクはラッシーとよばれ、これを鍋の中でおだやかに加熱すると、淡泊分などが凝固してくる。この凝固分を分けて水を切って乾燥させると、チベット型のチーズとなり、チュルピーとよばれている。
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非常に多くの種類の植物を食べる例としては、ヒマラヤのレプチャ族が有名である。約百年程前にシッキム・ヒマラヤに植物採集に入ったフッカー卿は、随行したレプチャ族が食用する植物の種類が多いのに驚いて、レプチャ族の食用にする植物のリストはとても多すぎてできないが、食べない植物のリストならできるであろうと言っている。こんなに多くの植物を食べる例は稀な例である。
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チベットは乾燥野菜という点では、たいしたものである。チベットのキャラバンに会って、話しをすれば、たいてい彼等は若干量の乾燥野菜を旅行食として携行していることがわかる。チベットの乾燥野菜の種類をみると、野生ニラの緑葉、アカザの芽、ホーレン草などの乾燥品が多く、その品質はすぐれている。特にニラの葉の乾燥品は、本来の香りがよくのこっていることで、注目すべきほどである。
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チベット人の野菜、蔬菜の加工でもう一つ面白いのは、彼等は生野菜をブランチングして保存をする習慣のあることである。ブランチングというのは、アメリカでコールド・チェーンの発達にともなって開発された技術とされているものである。これは新鮮な蔬菜をそのまま低温で保存するのでなく、蔬菜を一度熱湯の中で熱処理し、細胞中の酵素を不活性化させて、保存中の自己分解を防ぐ方法である。
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チベット人は、生野菜、生蔬菜が手に入ると、一時にその全部を茹でてしまい、水を切ってから包んで貯蔵する。私は初めの頃は新鮮野菜が数日分入手できたのに、それを全部茹でてしまうのを見て落胆したが、これは私の方が誤りだった。高地の低温条件下では、茹でた蔬菜は一週間くらいも、何の変わりなく貯蔵できたのだった。ブランチングのような最新と思われる技術が、チベット人の中には伝統的に伝えられてきているのである。
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家畜が生きている間も屠畜してからも彼等は一切を無駄にしない。脂肪ツィルは炒め料理に用いる。脂肪は集めて死んだ羊のまだ濡れている胃に詰める。胃が乾燥すると胃袋は固くなる。そうしたらこの脂肪袋をかまどの上で燻しながら乾燥させたり、外に吊るして風に当てて乾燥させる。
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キュルツェ(グンドゥ)(青菜の漬け物):チベットでは農民たちは冬に利用したり牧畜民との交易で売るために、夏の終わり頃になると大量の青菜の漬け物を作る。これはネパールのネワール人の習慣で、それがチベットに広まったのである。
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(シッキムのハードチュルピの作り方)生乳からクリームを分離し、残ったスキムミルクを加熱し、ホエーを添加して凝固させる。脱水した後、凝乳を加熱して水分がなくなるまで煮詰める。繊維質の塊を布に包み、二日間ほど室温で発酵させる。圧縮された塊をスライスし、一か月ほどかまどの上に並べて乾燥させる。
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(シッキムのドゥードチュルピの作り方)ドゥードチュルピを作るには、まず酸乳を一時間ほど竹の容器の中で攪拌してバターを取り出し、バターミルクを分ける。バターミルク(モヒ)を鍋で1-2時間加熱すると、白い凝乳ができる。これを竹かごで取り出し、脱水し、凝乳を袋に入れる。これに重石をして2-4時間かけてさらに脱水する。袋から取り出し、6gぐらいの重さの角型に切る。(続く)
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(ドゥードチュルピの作り方続き)ホエーとスキムミルクを煮詰めて作った濃厚なペースト「タケ」を表面に塗り、糸でつなぎ、屋外またはかまどの上に吊るして7-10日乾燥させる。甘いスキムミルクパウダーが固い食感のチュルピを覆っているので、ドゥード(現地の言語でミルクという意味)チュルピと呼ばれる。
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チューあるいはシェデンと呼ばれるヒマラヤに特色のある発酵乳製品は臭いの強いカッテージチーズに似た牛乳またはヤク乳から作られる製品で、シッキム、ダージリンの丘陵地帯、アルナーチャル・プラデーシュ、ラダック、ネパールの高山地帯、ブータン、中国(チベット)で作られている。
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ショ(チベット語で酸乳を意味する)を、温水や冷水を加えながら竹製または木製の容器で攪拌してマー(バター)とカチュ(バターミルク)を生成する。後者を15分間加熱すると柔らかくて白い塊が形成される。この塊を濾しとり、薄手の綿の袋に入れて吊るして脱水する。こうしてできたものをチューと呼ぶ。チューは密閉容器の中で数日または数か月置いて発酵させてから食する。
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チューは密封容器に入れて室温で数日から数か月熟成させる。チューはバターで炒め、玉ねぎ、トマト、トウガラシ、塩を加えてカレーにする。強い臭いのするチュー(数か月熟成させたもの)を使ったスープも作られる。味は酸味があり、強い香りがし、食欲増進剤として使われる。チューを使った辛いカレー、エマダツィはブータンでは最も美味しい料理と考えられている。
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バターミルク(シェルパの方言でタラ)を加熱すると、柔らかくて白い塊が浮かんでくるのでこれを布かプラスチック製の笊で濾しとる。これはシェルカムと呼ばれ(ソフトタイプのチュルピと同じもの)、密封容器に入れて10日から15日間熟成させる。できたものをソマルと呼ぶ。
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また別の伝統的な方法では、ソマルを生乳とマル(バター)、ターメリックとともに加熱し、茶色いペーストにまで煮詰める。このタイプのソマルは4-7か月保存できる。
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少量の油を鍋で温め、ソマルを投入し、ニンニク、玉ねぎ、ティンブル(サンショウ属の植物)、塩を加える。ここに水を加えてのばしてスープにする。ソマルスープは大変美味で、ご飯やトウモロコシとともに食べる。ソマルには優れた薬効があると考えられており、お腹をこわしたり、ひどい下痢を治すのに使われる。
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フィルーはバターで調理し、塩を加えて汁状にし、茹でた米の付け合わせにする。肉や野菜と合わせることもある。フィルーはヒマラヤでは地元の市場で200Rs./kgという高値で売られる乳製品である。
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ヒマラヤの人々は何世紀にもわたり、燻製や天日干し、風干し、発酵など様々な伝統的な加工処理を施した肉や腸詰めを消費してきた。