「チベット高原万華鏡テキストDB」では、フィールド調査の記録や文献資料に記録された牧畜や農耕といった生業にかかわるテキストを引用し、日本語以外の場合は翻訳も添え、「搾乳と乳加工」「糞」「食文化」「服飾文化」などのカテゴリータグをつけて集積しています。地図上にはプロットできない情報を含め、民族誌や旅行記、史資料の中にバラバラに存在していた生業にかかわる情報を検索可能な形で統合して見える形にすることで、新たな研究を生みだすことを目指しています。
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入口には花婿が、ナクパという魔術師といっしょに立っている。魔術師は結婚がうまくいくように、また、あらゆる悪霊をくじくために歌い、叫び声をあげ、呪文を唱える。これらの迷信的な儀式が終わると、ナクパは見物人を従えた花婿と花嫁を家の中に導き、みなが座る。ついでナクパはバターの小片を花婿に与えると、花婿は立ち上がり、それを花嫁の頭と髪に塗る。これは最後の儀式であり、結婚は確固たるものとなる。
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この広大な地域に定住民はまったくいないけれども、既述のように、多数の馬やラバ、山地の牛〔ヤク〕や牛の無数の群れのために、牧草地を求めてこの荒野を放浪するたくさんの遊牧民がいることを、まず第一に指摘しなければならない。これらの動物は大ラマ〔ダライ・ラマ〕や国王の所有になるものである。だから、大荒野であるにもかかわらず、ラサに送られる莫大な量のバターは大変な収入をもたらすし、バターはラサからチベット各地へ拡散していく。のちほどわかるように、バターの使用はチベットでは絶対的である。
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チベットのいくつかの地方にブドウがあるけれども、チベット人はまったくブドウ酒を作らず、チャンと呼ばれるビールの一種を飲んでいる。これは炒った大麦から作る。水といっしょに大きな釜に入れ、水が蒸発するまで煮る。ラサでは一般的に大麦を炒るのを省略する。水が蒸発したら、大麦を布の植えに広げ、小さな球状の酵母を粉末にくだき、大麦の上にふりかける。ついで全部を混ぜ合わせ、山のようにして布か毛布でおおい、発酵がはじまるまでねかす。それから大麦を大きな陶製の壺に入れ、口を密封して空気が入らないようにする。そして皮か敷物でおおって10日、12日、15日とねかす。この二度目の発酵で大麦のエキスが澄んだ黄色い液体として抽出される。この液体を飲むとすぐに酔ってしまうから、いくらかを汲み出し、同じ量の水を加えて、もう一度発酵させるために壺を再び密封する。最後に、このチャンのほとんどは別の壺に移され、水をさらに注入する。
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これがチベット人の一般的な飲物であり、彼らは決して生水を飲まない。というのは、この国の水は氷のように冷く、健康に悪いからである。冷えたのを温めるのに、ビールやお茶の中にさえも、鉄か石の小片を赤く焼いて入れる。
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少年や少女は一番出しや二番出しのチャンを飲むことは許されず、濁った水のような三番出しならよい。既婚の女性もこの酒のチャンをごく小さなお椀で飲むだけである。女性が良質のチャンを飲むことは不相応で、けしからぬことで、酔っぱらうのは恐ろしいことだと思われている。男たちはたくさん飲み、それもしばしばである。チャンによる酩酊は決してひどくないことは確かだが、酔っぱらうと歌をうたったり、眠ってしまったりする。
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結婚式、お祭り、旅への出発や旅からもどったりすると、大量のチャンが用意される。友人や縁者を招き、チャンがなくなるまで飲んで食べて、踊って、勝負ごとを楽しんで数日間をすごす。
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すべての宗教家、とくにラマとケロン(位を得た僧)はチャンを禁じられているけれど、水がよくないために、時折、それを薄めてこっそり飲んでいる。訪問先で出されたら、ほんの少しだけ口にする。しかし、妻帯しているラマ僧は自由にチャンを飲んでもよい。
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チャンの醸造にたまには米や小麦も使われる。壺の中に残った大麦は、ニワトリ、豚、牛に食わせ、太らせるために取っておく。アラクは時々俗人が飲んでいる。これは水を加えずに液をしぼり、それを蒸留器の中に入れて、二度煮沸するのである。
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チベット人は食事の前、茶やチャンを飲む前に、仏像の前の壺にそれらを少し入れておいて、茶やチャンを仏像に振りかけるか、あるいは供物のように置いておくかして、仏像にささやかな供え物をするのが常である。また大事なお客や、礼拝のときの主だった僧に茶やチャンを出すさい、客人に敬意を表してお椀の縁に小さなバターの小片を三、四個置く。客人のお椀はシナの磁器か、見事な色をした、立派な木目のある木製のものである。
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トゥクパというのは米とわずかな肉を入れた、うすいスープの一種で、それを若輩者が修行僧たちに配る。
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ネワール族が国を出て、例えば、チベットやムガールへ行くとか、あるいは他の異教徒と性的関係をもつと、悪に汚染されたとみなされ、ネパールにもどると、牝牛の尿で40日間水浴し、それを飲み、時には牛糞を食べて身を清めるまで、自分の親族に近づくことを許されない。
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ラダークは小さな町で、住民はわずか2000人ほどです。町の形態は蜜蜂の巣箱に似ています。つまり、各人は運命の女神が割り当てた洞穴に住んでいます。この人たちは一人の王に支配されており、その王の名前はニマ・ナムギャルといいます。羊、山羊、子羊が彼らの食糧で、パンは知られていません。しかし、お気に入りの食物は炒った大麦の粉で、それを木の椀に入れて手でこね、それにバターと茶をまぜていますが、茶はシナから来ています。
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ラマはその位階によって食料をもらい、燃料は牛やその他の家畜の糞を使います。食べるのは牛、山羊、羊の肉、時どきは炒った大麦もわずかだが食べます。
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それからみなが家畜の糞を集めるために、いろいろな方向に出かけていきます。旅人の家畜が往来しているときに残した糞は、それを追って行く人にとって貴重な資源です。そんな糞を外套の裾に包んで、テントに運び、それを二つにわけます。一部はその夜の燃料として使い、残りは翌日に使うのです。
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タンツァ(thang rtswa?)は良く、濃くて(?)柔らかく、砂の上に育ち、家畜の歯を傷つけない。ナツァ(na rtswa)はさらに高く生育し、風に折られにくいが、タンツァほど柔らかくない。ジェツァ(? rtswa)は硬く、家畜は食べたがらない。
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放牧する人は常に2種類の道具を利用する。1つは('ur rdo)「ウルド」である。2~3尺の木の棒に、3~4尺の牛の尾の紐を縛り、紐の端に卵くらいの大きさの丸石か鉛の塊を置く。使うときは空中で旋回させて投げまわす。ただ、気ままに家畜の体に投げつけてはならない。投石器、一種の武器に属する。もう1つは鞭である。漢地のものと似ている。2~3尺の木の棒に数尺の皮紐を結び、強くたたく。常用しない。
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囲いは牛糞を積み重ねたもので、裕福な家では高さ6~7尺で、テントの左右両方にあり……。一般の牧民はテントの片側に囲いがある。囲いには屋根がなく、獣の襲撃を防ぎ、ある程度は暴風雪を防ぐことができる。
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貧しい家は、死んだり病気になった家畜の肉を食べることもしばしばで、「チャカル(ja dkar)」=白茶(作り方は、ミルクを白湯に加える)を飲む。中下戸では、エンドウのツァンパを食べることができ、茶は非常に珍しい。
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牛羊の屠畜方法は漢族やその他の民族と異なっている。牛の屠畜は一人で全てを担うことができる。まず皮紐で牛の四肢を縛り、次に口・鼻を縛り、一時間で牛が絶命するのを待ってナイフを使って終わる。
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羊の屠畜はさらに興味深い。屠畜する人は2寸ほどの鉄の針を使う。羊の前腕の後ろ、背骨の下で毛を一つまみ軽く抜き取り、鉄の針を突き刺し、血を出さずに腰に達して絶命する。技術が劣って腰を正確に刺さないと羊は死なず、縄を使って口・鼻をきつく縛って窒息させる。