「チベット高原万華鏡テキストDB」では、フィールド調査の記録や文献資料に記録された牧畜や農耕といった生業にかかわるテキストを引用し、日本語以外の場合は翻訳も添え、「搾乳と乳加工」「糞」「食文化」「服飾文化」などのカテゴリータグをつけて集積しています。地図上にはプロットできない情報を含め、民族誌や旅行記、史資料の中にバラバラに存在していた生業にかかわる情報を検索可能な形で統合して見える形にすることで、新たな研究を生みだすことを目指しています。
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三叉芒の大麦も、チベットの大麦の特徴の一つだ。三叉芒は穎のひどく変った大麦で、ノゲの代りに未発達の花が三つある変りものだ。この三叉芒がチベットを中心としたヒマラヤの山岳地域、外蒙古、シナの西康省や湖北、山西省などのシナ西部で見出されている。そして不思議なことに、日本でも「異型関取」と呼ばれる一品種はこの三叉芒に属している。
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チベットの大麦はみんなハダカムギだが、その中に少しハダカでないものが時々混りこんでいる。それを調べてみると世界独特の野生型の大麦である。こんな野生型大麦はチベット以外の世界のどこにもない。してみると、大麦はチベットで野生から作物に変ったのだろうか。いまの学説では、大麦の原産地をチベットでないとしたら、その代りの場所をたれもいえないから、結局チベットが最有力ということになっている。
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ヒマラヤでは生乳は生乳はほとんどバターになる。チーズは副産物。生乳のままではほとんど飲まない。乳おけの中に数時間放置すると、醗酵してなかばヨーグルト状になる。それを根気よくかきまぜるーー英語のチャーニングという工程ーーとバターは堅いアワのようになって分離してくる。残りを再び醗酵させ蛋白質が凝固すると、それを分けてチーズをつくる。残りの水は飲用になる。
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原料の生乳もヤク、牛、ジャッサムなどの種類に応じて加工法や製品にも違いがある。
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バターは西洋風と異なり、なべの中で加熱して中の水分をすっかり蒸発させたものが保存用に普通につくられている。こうして加工されたバターは堅い黄色のかたまりになり、大葉シャクナゲの葉で包まれて保存、輸送される。
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チーズの種類はとても多い。牛やジャッサムからのチーズはター・チーとよび、白色の軟チーズで生食または料理用になる。ヤクの乳からできたチーズはチュゴーと呼び、石のように堅く乾燥され、黄色で保存がよい。
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このほかヤクの乳を脱脂せずに凝固さしたクリームチーズ、ブータン語でムチュとか、ゴルゴンゾーラ・チーズのような白く柔らかなチーズーー生乳容器の側壁につく薄皮をものすごく厚くつけてかきとる。フィルウと呼ぶーーとか、タクチュとか、無数のチーズの種類がある。
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チベットは遊牧民の土地だと思っている人が多いが、実際には人口の5/6は土を耕して暮らしており、その土壌は人口を十分支えていたのである。大麦は隣接地域から持ち込まれることもあったが、それも局地的である。チベットで消費される米のほとんどはブータン、シッキム、ネパール、ガルワールから輸入されていた。チベットでも、モンやペマクーなど、稲作を行っている地域もあった。
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作物の中で最も重要なのは大麦である。平均的には1粒の種から5粒が収穫できるが、2-3粒しか収穫できないこともままあるし、施肥のよい畑では10粒に及ぶこともある。
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他の重要な作物としてはエンドウ豆(冬に馬の飼い葉としても重要)、豆類、カブ、大根、ジャガイモ(相対的に少ない)、小麦(少ない)、野生燕麦、搾油用のアブラナ、そして少量の品質の悪い茶である。輪作は知られているが計画的に行われているというほどではない。エンドウ豆を栽培したあとでは大麦の収穫がよいことを知っている農民もいた。
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「農民の黄金」である牛糞やヤク糞はほとんどが燃料として用いられる。カリウムやカルシウムの含まれるその灰はトイレに運ばれ、人糞と混ざった混合物が実質的に唯一の肥料となっていたが、大量には得られない。どこでも羊糞が肥料として用いられていた。ラサでは粒子の細かい川底な軟泥が肥料の代替品として用いられているのを見かけたこともある。
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シッキミーとネパーリーでは、石を積んでその上に土を塗ったカマドを作る。だいたい一つのカマドに対し、一〜三個の炊き口をもっている。レプチャではイロリ型、すなわち床の一部を石や材木で仕切ってイロリとする。石三個を立ててその上に鍋などをのせるようになっている。一つのイロリにはやはり二〜三個の炊き口をこしらえる。いずれも燃料は薪である。
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カマドの上には竹を並べた棚を吊るし、食品の乾燥貯蔵に試用する。この棚はたいてい二〜三段になっている。カマドには煙突がついていないので、煙はこの棚を通って屋根裏の煙出しから出ていくことになる。
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バザールでは、大きなお椀を伏せたような形で並べられ、切り売りしている。また、バザールで、大小のマッチ箱状の固まりを、高野豆腐のように糸に通してぶら下げているのを見るが、それはこの「チュー」を干したものである。これをシッキミーでは「チョラカムン」、シェルパ語では「チュルピー」と呼ぶ。シェルパやチベット人は「チュルピー」の利用が主となる。カトマンドゥーやソル・クンブー地方でも、「チュルピー」は売っているが、「チュー」は家庭でも店でも見たことがない。
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キネマ(納豆)やウズラマメなどの豆類の汁(スープ)が多い。この他「チュー」のスープ、イラクサや大根葉のスープもよく飲む。イラクサは、葉一面に細かい刺が生えていいて、触れただけでもヒリヒリと痛むのだが、これで作ったスープはとろりとしていて非常においしい。イラクサはネパールの山間部でも利用していた。
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大根葉は干したもので「グンドゥル」と呼ばれる。この加工は少し変わっていておもしろい。大根葉を日に干し、ほどほどに乾いたら棒などを使って叩きつぶす。地面に穴を掘り、そこに木の葉を敷いてこの大根葉を積み重ねるように詰める。上を木の葉で覆って土をかぶせ一週間ほど置く。穴から取り出したら湯で洗って日に干す。土の中に埋める代わりに竹篭に詰めておくこともある。できたものは、少々醗酵臭があってちょうど野沢菜の漬物に似ている。
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大根の方も同じように加工する。こちらは「シンキー」と呼ばれ、酸味と醗酵臭がタクワンそっくりだ。これもスープにしたり、あるいは炒めて食べる。「グンドゥル」や「シンキー」はカトマンドゥのネワリーもつくると聞いた。
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この地域のバザールでは、たいてい納豆を売っている。日本の納豆のように茶色ではなく、茹でた大豆の色であるが、粘りなどはほとんど日本のものと変わらない。キネマと呼ばれ、シッキミーもレプチャもネパール系の人々も利用するようだ。カリンポン地区のレプチャの村では各家庭で作っていた。
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グンドゥルックとは発酵野菜で、インド、ネパール、ブータンのヒマラヤ地域に住むネパール人に特有の乾燥した酸味のある食品である。グンドゥルックは12月から2月にかけて作られることが多い。この時期はアブラナ(カラシナ)、ラヨサグ(現地品種のアブラナ)、ダイコンやその他の野菜が大量に収穫され、生のまま利用しきれないほど積み上げられる時期である。
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葉は、予乾させて細かく切ったのち、陶器の壺などの容器に押し込み、乾燥させた竹の皮やシダの葉で蓋をして重石をして密封状態にする。容器は温かい場所に置いて7日から10日間ほど自然発酵させる。穏やかな酸味が出てきたら発酵完了となり、グンドゥルックを容器から取り出す。他のアジアの発酵野菜と異なり、発酵を済ませたグンドゥルックは3日から4日間天日乾燥する。乾燥グンドゥルックは2年以上室温で保存することができる。