「チベット高原万華鏡テキストDB」では、フィールド調査の記録や文献資料に記録された牧畜や農耕といった生業にかかわるテキストを引用し、日本語以外の場合は翻訳も添え、「搾乳と乳加工」「糞」「食文化」「服飾文化」などのカテゴリータグをつけて集積しています。地図上にはプロットできない情報を含め、民族誌や旅行記、史資料の中にバラバラに存在していた生業にかかわる情報を検索可能な形で統合して見える形にすることで、新たな研究を生みだすことを目指しています。
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グンドゥルックを大規模に生産する場合、ヒマラヤの村々では土の中に穴を掘って発酵させる方法が実践されている。土の乾いているところに2、3フィートの深さで同じくらいの直径の穴を掘り、きれいにしたら、泥を塗って固め、燃やして温める。灰を取りのぞいたら、穴の中に竹の皮と稲藁を敷き詰める。細かくした葉をぬるま湯に浸けて水気を絞ったら、穴の中に詰め込んでいき、最後に乾いた葉を被せたら、重石や重い板を載せる。穴は泥でしっかりと固め、15日から22日間かけて自然発酵させる。発酵が完了したらグンドゥルックを取り出し、3日から5日間天日乾燥させ、利用するまで室温で保管する。
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シンキは、ヒマラヤで地中に穴を掘って発酵させるダイコンの発酵食品である。ダイコンが収穫された後の冬に作られることが多い。ダイコンの葉を発酵させたものはグンドゥルックで、主根部分を発酵させたものはシンキと呼ばれる。
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羊の鼻腔に水を注ぐと、羊はまるで観念したかのようにおとなしくなり、ディソンに引かれて来た。さっきまでは群の中で己が定められたと知って暴れて逃げまわっていたのに。ディソンは、群から引きはがした羊の口をぐるぐると紐で縛り、鼻腔を手で塞ぎながら、その間ずっとお経を唱えていた。やがて息絶えた羊の腹を割き、手を入れて動脈を切った。
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そして毛皮をはぐ。血をこぼさずに腹腔に貯めながら。食道を切り、胃を取り出す。その大きなこと。ディソンがよろけながら運んだほどだ。胃にあった内容物を捨てて、皮をきれいに洗う。胆嚢は犬にやり、皮下脂肪を取り除く。肋骨部分から腹部を切り開いて腸を出す。そして腸の内側をきれいに洗う。心臓、膵臓、肝臓をとり出す。尻の部分の肉をえぐり取って、これは腸詰め用にする。そして頭を切り落とす。
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テントの入り口には広げた布に刈り採ったタデが干され、もう一枚の布にはタデの実だけが干してあった。タデの実をつまんで口に入れてみると、穀類のような味がして、香ばしくおいしかった。どちらも家畜の餌にするという。ジュエガが子どもの頃は、タデの実も碾いて食糧にしたものだそうだ。その頃から比べて今は、食糧も豊かになったし流通機構も発達したので、いつでもツァンパが食べられると言った。
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標高12,000フィートのミニャクの谷では、豆、大麦、燕麦、カブが栽培されており、もっと低い土地では小麦畑を見かけることがあった。
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夜が明けると主婦や子供たちは畑に出て糞を拾い、縦長の籠に集める。それらを背負って家に持ち帰ったら、濡れた状態の糞を麦わらと混ぜて丸く成形し、石の壁に叩きつける。一日か二日置いて十分に乾いたら剥がして家の中に保管する。
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ヤク糞は一人の男性が忙しなく集め続け、もう一人の男性が趣のある山羊皮のふいごで空気を送り、料理に十分な熱を送り続けるという具合だ。
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こうしたふいごは山羊一体分の皮を使い、三本の脚は縫い合わせ、四本目の脚は鉄製の管を取り付けて、先端を火の中に入れる。皮の頭の部分の穴を、手を回転させるような独特の動きで開けたり閉じたりして空気を出し入れするのだが、なかなか大きな音がする。
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チベット高原の遊牧民の暮らしはヤクなしでは成り立たない。生活必需品は、貧乏な遊牧民にはほとんど手に入りもしないお茶を除き、全てヤクから得ているのである。
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ヤク毛のマントは貧乏人の着物になるし、ヤク毛の紐は、ヤク毛の鞍に載せるための、ヤク毛製の鞍袋を括りつけるのに用いられる。
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ヤクの骨は膠にする。また肩甲骨は経文を書いてマニ石の上に置くのに都合がよい。さらに骨は髄や出汁にするためにすり潰す。
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ヤクの角は素晴らしい嗅ぎタバコ入ればかりか、酒瓶にもなる。
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ヤクの皮はブーツからベッドまで、紐から指ぬき、雪眼鏡からミルク濾しまで、袋から投石紐まで、皮の使えるあらゆるものに変換される。
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ヤクの尻尾は陽気な騎手の馬の飾りにしたり、馬にまとわりつくしつこい蝿を払うのに使われる。
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山羊や羊の搾乳をする場合、遊牧民の妻はチーズとほこりのはがれた背の低い木桶を乳房の下に置く。そして肩のあたりにまたがり、顔を尻の上に載せて抱き抱えるようにし、両側の乳房から同時に搾乳をする。
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ヤクは右側から搾乳するのが常である。部分的にヤク毛の漉し布をかけた大きな木桶に搾乳する。木桶についた酸っぱくなった残滓は洗い流さないので、生乳はすぐさま酸っぱくなっていく。
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遊牧民は、家畜の群れから得られる生産物に加えて、バターやチーズを谷の住人たちの大麦と交換できた場合、大麦を食事に加えることができる。乾燥カブが主な野菜で、これに時おり少々の乾燥豆が加わる。収穫のない春には極貧の人々や穀物を盗まれてしまった者たちにとっては二、三か月にわたり乾燥カブしか食べるものがないことも多い。乾燥カブすら手に入らない時期は極めて困難である。
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リタンの家屋は屋外は糞くさく、屋内は煤けている。おなじみの褐色の燃料糞がどの家の壁にも点々と貼りつけられている。燃料糞は屋内の土製のかまどの傍にも山積みにしてある。天井の低い薄暗い屋内で刺激の強い煙を発し、目に刺すような痛みを感じる。
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リタンは人家もまばらな広大な土地にある交易の中心地である。そこには70世帯の漢人がお茶や青い綿布や日用品を販売して細々と生計を立てている。125世帯のチベット人は家畜の群れで生計を立てるか、あるいはラマや中国人官吏に使えて暮らしている。