「チベット高原万華鏡テキストDB」では、フィールド調査の記録や文献資料に記録された牧畜や農耕といった生業にかかわるテキストを引用し、日本語以外の場合は翻訳も添え、「搾乳と乳加工」「糞」「食文化」「服飾文化」などのカテゴリータグをつけて集積しています。地図上にはプロットできない情報を含め、民族誌や旅行記、史資料の中にバラバラに存在していた生業にかかわる情報を検索可能な形で統合して見える形にすることで、新たな研究を生みだすことを目指しています。
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シャクパ(shyakpa)もまた、夕食によくつくられる料理だ。ありあわせの材料を煮込んで、塩・ギー・ニンニク・トウガラシ・ヒツジの脂肪などで味つけしてつくる。チベット風すいとんともいえるものだ。
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アン・テンバ家のシャクパのつくり方は、まず、湯を煮たてて肉のスープをとる。肉のスープにジャガイモのうす切りを入れ、ゴッツンでつぶしたニンニクとトウガラシを加える。材料がやわらかくなったら、塩で味つけして四〇分ほどとろ火で煮込んでできあがりだ。このほか、ソバ粉の団子、インゲンマメ、乾肉、チーズ、コメなどもシャクパの材料になる。
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このほか、粉を熱湯で練るだけというディローの調理法も高地に合っている。
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塩漬けは、シェージといって、ネパールではクンブ地方にしかみられないものだという。シェージの漬け方は、七月ころ収穫した菜っ葉を天日に干す。それを、塩、クロコショウ、トウガラシを加えた水に漬けこむ。重石は使わない。一〇月、一一月ころから、冬の間にかけて食べる。いわゆる冬期の保存食だ。そのままでは食べず、きざんでモモ(ギョウザ)の具にしたり、シャクパやカレーに入れて煮込む。
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晩は午後八時から九時の間に食事をする。献立は一種類のことが多い。おもに、シャクパ(すいとん)やトウッパ(雑炊)、そしてコーン・ポタージュなどを食べる。コーン・ポタージュは、トウモロコシ粉を肉、ギー、乳とともに煮込んだものだ。どれにも、トウガラシやニンニクをたっぷり入れる。
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ラマ僧たちは、自分で乳の加工もする。タンボチェ・ゴンバでは、バターを分離したあとのマヒ(脱脂醗酵乳)から、数種類のチーズをつくる。マヒをいったん加工して放置しておくと、セルカム(sercum)ができる。セルカムはカッテージ・チーズによく似ている。セルカムを、細長い木の箱に入れて二週間もほうっておくと、ものすごくくさくなる。その臭いはタクワンどころではない。これだけでは臭くて食べられないが、熱湯にといて、塩とトウガラシで味つけして食べる。このくさいチーズをソーマル(somal)、ソーマルのスープをスンドルとよぶ。
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村の子供たちが、乾チーズを飴玉のようになめているのをよく見かける。乾チーズは石のようにかたまっているので、長持ちするおやつなのだ。乾チーズのつくり方は、セルカムを天日や火で干して固める。チュルピー(churpi)は塊状、チュルシー(chursi)は粒状チーズである。このほか粉末チーズもある。
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彼の自慢は、波状の文様がついた白いチーズだ。食べると、甘く、かすかに酸味のある風味が口のなかにひろがった。このチーズのつくり方は、ダヒ、またはマヒに砂糖を加え、煮つめて水分を除き、乾燥する。波状の文様は、濃縮された醗酵乳を、手の指の間から押し出してつける。
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チーズを干すとき、カマドの上につるしておくので、煙にいぶされて黄色っぽくなってしまう。白いチーズをつくるには、日陰に干しておく。この波状の甘いチーズの食べ方はいろいろある。そのままでも食べられるが、ギーで揚げた料理もある。
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粉末チーズは、ツァンパとまぜあわせて食べられている。また、粉末チーズにギーと乳と砂糖を混ぜてつくった菓子は、正月用のごちそうである。さしずめ、ヒマラヤン・チーズケーキと名づけられそうだ。
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乳ばかりでなく、野菜を加工した食品もいろいろある。加工の方法には寒気と乾燥気候を利用したものが多いようだ。
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塩漬けーーオオバカラシナ、ダイコン 菜っ葉の塩漬けを干すーーオオバカラシナ、ダイコン 乾燥ーージャガイモの輪切り、ゆでジャガイモ、ダイコンの輪切り、カボチャの薄切り、オオバカラシナ、キノコ、アンズ、木の実 乾燥後粉砕ーーオオバカラシナ、ダイコン、マッシュポテト粉
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クムジュン一の金持ちといわれる家をたずねた。部屋に足を踏み入れたとたん驚いた。天井から肉の塊が何本もぶらさがっている。家族の人の説明によると、五日前にこの家のウシが崖から転落して死んだので、そのウシを解体したのだという。塩をまぶして乾肉にしているのだ。あとで考えると、ウシではなくヤクだったのかもしれない。
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シェルパ族は、ギーより安価なヒツジの脂肪をよく使う。それは、ヒツジの胃袋に脂肪をつめて醗酵させたもので、チーズと似たかおりがする。レンニン(凝乳酵素)と乳酸菌、そして酵母も働いて、この脂肪製品ができあがったんだろう。彼等は、この胃袋詰め脂肪をボースンと呼ぶ。ボースンには内臓という意味もある。それにたいして肉はマスと呼ばれる。
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クンブ地方における乾肉のつくり方は、つぎのとおりである。肉の表面に塩をすりこんで、屋内につるして干しておくと部屋の中に充満する煙にいぶされる。これは一瞬の燻製といえよう。肉や内臓ばかりでなく、骨や足のツメまで干しておく。ヒツジの足のツメはスープのだしになる。この乾肉のつくり方には、乾燥気候のほか、家屋の構造も一役かっているようだ。
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大腸と小腸は、腸詰にされる。つくり方は腸に、塩、トウガラシ、クロコショウ、そのほかニ、三の香辛料を混ぜあわせた肉などを詰める。これらをいったん煮てから、カマドのうえにつるしておく。乾腸詰をそのまま食べたり、シャクパやカリーなどの煮込み料理に使う。
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オオムギは、一部をチャンにして、ほとんどがツァンパに加工されてしまう。ツァンパのつくり方は、ズックの大きな袋にオオムギ粒を詰めて小川に漬ける。三日間浸しておいて、取り出してから、袋に詰めたまま天日に干す。この一連の操作は、ツァンパの香りと味をよくするためたという。干し上がったオオムギ粒を、炒って石臼でひく。
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農民や町住まいの貧しい人々は非常にシンプルな生活を送っている。彼らの飲むお茶は質の悪いもので、たん茶の中に茶の茎が多く含まれているものだ。バターもたっぷりとは使わない。朝食はツァンパで、これに少々の大根、チーズ、ヨーグルト、ホエーが加わることもある。
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チーズは基本的に遊牧民がヤクの乳を使って作っている。十分な量、15ないし20ガロン程度を集めたら、まず酸乳にし、それを浅い鉄鍋で煮沸する。十分に冷めたら、袋に空けて水分を搾り取り、加圧するとスポンジ状の塊ができる。
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これは柔らかいうちに3インチ角ほどの四角に切るか、細粒にする。角型チーズは糸を通してかまどの上に吊るし、燻煙乾燥する。細粒チーズは天日乾燥させる。2、3日して鉄のように硬くなり、茶色く色づいたら完成で、食用にする。