「チベット高原万華鏡テキストDB」では、フィールド調査の記録や文献資料に記録された牧畜や農耕といった生業にかかわるテキストを引用し、日本語以外の場合は翻訳も添え、「搾乳と乳加工」「糞」「食文化」「服飾文化」などのカテゴリータグをつけて集積しています。地図上にはプロットできない情報を含め、民族誌や旅行記、史資料の中にバラバラに存在していた生業にかかわる情報を検索可能な形で統合して見える形にすることで、新たな研究を生みだすことを目指しています。
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肉をまったく食さないわけではなく、先に述べたように家畜が死んでしまった場合や祝い事の際には肉を口にする。家畜とて生き物であり、歳をとる。生産動物である以上、乳の出が悪くなれば、当然淘汰される。貴重な飼料を給与し続けたのであるから、食べられる肉を捨て去ることはきわめて非効率であり、村の共同体にとって損益となる。食料生産効率の最善を計るには、必要でなくなった家畜を食料として有効利用するほかない。
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彼らは二頭のヤクにつけた鋤で山腹の土をかき起こしている。ヤクを操縦する男は、鼻輪につないだ綱を引っ張っている。後にはさらに耕夫がいて鞭でたたくのだが、ヤクは密生した尾を立て、うなり声を立てるばかりで、なかなか進もうとしない。ヤクに掘らせようとしているのは細い畝溝で、斜面の方向とはできるかぎり垂直に保とうとしている。おそらく、大地から流れ落ちる水をせき止めるためなのだろう。
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(ヤクの)引き具を観察することができた。頭でささえる軛と、それに固定された轅からできている。轅の先の鋤は太い枝を粗削りして、握りのところが少々曲がっている。下のほうは木製の犂刀で、同じ木製の翼をつけて幅を広げ、それに皮ひもが結んである。犂刀の先端は鉄製だ。
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チベットの耕しかたは見たところ丁寧である。木の槌で土塊をつぶし、石ころを拾い集めて畑の縁に積み上げる。そうしておいて大麦をまく。
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宿営地と、彼らがいつも水を飲みに通った池とを結ぶ地面に、何本も細い道がうがたれている。彼らがたくさんの糞を残してくれたので、さっそくそれを利用する。
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(馬の)持主は、鼻の回りに結びつけた、ただの革ひも一本で馬をあやつっている。馬がはやると、ひもを口の中に通して上に引っ張り、どちらかの方角に馬を向けてしまう。彼らはくつわを使っていない。身のこなしと鞭だけで充分なのだ。この子馬は、主人におとなしく導かれていたが、こちらの衣服におびえたらしく、われわれが触れようとしたとたんに逃げ出しかけた。鞍は木製で、二つの鐙がついているが、両方とも馬の腹の下までたれていない。さもないと、騎手のひざが腹の下まで来てしまうのだろう。
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その山にチベット人の騎兵隊はねぐらを求めてはいって行く。われわれから5、600メートル離れた地点で一夜を過ごすつもりなのだろう。たき火を燃やし、数人が平原にさまよい出て、身をかがめたり、また立ち上がったりを繰り返している。糞をためているのだ。
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それ(黒テントの上に空いている穴)は煙の出口で、仮の屋根がかぶせてある。入口は東を向いている。一年中西風が吹くからだ。そのため、ヤクの糞の壁があり、これで建物全体を風から守っている。ヤクが放り出すセンベイは建築資材として使われるが、半月形の塀を立てるのにも役立つ。ここは一種の中庭になり、家畜を風から保護するのである。
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各種の丸竈が目についた。腰ぐらいの高さの小さな塔に似て、地面の上に作られた室である。たぶん。地面を掘り下げることがむずかしいからだろう。もちろん、糞でできたこの「押入れ」には、布切れや、羊毛の房や、背が高くてつばの広い布地の帽子まで入れてある。
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(捨てられたテント跡にある)石うすは原始的な石うすによく似ている。二枚の円型の石が向かい合わせにおいてあり、上方の石が下方の石から突き出した木製の軸を中心に回転する。人は外縁に植えた握り、と言ってもオロンゴの角だが、これで石に回転運動を与えるのである。
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そのうちの一つで、ふくよかで快活な雰囲気の女の子がヤクの乳からバターとチーズを作っているのを見かけた。チャーンには二種類あって、一つはカバノキの皮または目の詰んだ竹で作られた細長い箱で、シャクナゲの枝が敷き詰められており、その中でクリームを攪拌するのだ。彼女は気さくに中を見せてくれたが、雪のように白いバターが浮かんでいるとともに、うじ虫も湧いていた。
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もう一つのチャーンはヤギ皮製のもので、転がしながら、4本の脚を持って振盪するのである。バターは大きな四角い形にまとめてヤク毛の織物に詰める。チーズは生のままでも食べるし、乾かして粉々にして(チュジプと言われる)食べることもある。
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今やテントも垣根で囲んである。中央アジアの山中に住むキルギス族のようだ。畑があるので、家畜は夜間、囲いの中に閉じこめられる。火をたくときは薪だ。ただし、アルゴルや馬糞を混ぜて使う。
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両岸を結ぶ橋は作られていないから浅瀬を歩いて渡るか、水面上に張ってある太索を用いるのだろう。……通行人の操作法は以下のとおりである。自分のからだに丈夫な皮ひもを巻き、角製の強いかぎで腹の上に固定させる。次にこの皮ひもの両端で二つの輪をこしらえて、そこにももをはめ込む。かぎを太索にかけ、顔を進行方向に向けて、両手の力で自分のからだを引っ張る。まもなく、顔を空に向け、背中を川面と水面に保った姿勢で宙釣りになる。
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(カリメタでは)近所の女が徴集されて、ラマ僧の畑に肥料を運んで来たのである。ここの谷間は赤土で、念入りに耕されているが、大半はラマ教僧院の所有である。……背中に柳の背負いかごをしょった50人以上の女がラマ僧たちの家畜小屋と畑のあいだをしきりに往復している。彼女たちはかごを灰や糞でいっぱいにすると、食糧を運ぶアリのように一列縦隊になって、丘のふもとにある畑までぶちまけに行く。
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平服の男が僧院の屋根に上がって、二本の棒切れを皮ひもで縛り、それに柄をつけた穀竿を用いて、大麦をたたいている。こうすると麦わらが細かくちぎれる。彼らはわらを家畜に与える前に、これだけの準備をするのである。
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ここのチベット人は自分のからだよりも家畜のほうを大事に扱っている。馬にしても、われわれの荷を運んでいるヤクにしても、最高級のもてなしを受けている。弱った様子が見えるとすぐにニウマというカブの一種でこしらえた粥を特別に食べさせる。角をくり抜いてこしらえた漏斗で、その粥を彼らの口は流し込んでやるのである。
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ほうぼうでその必要がある個所を見つけては、垣根の修繕が行なわれているが、新しい部分は今年切った枝で作られる。これが乾いて、冬、地面が農作物ではなく雪でおおわれることには、薪にされるのだ。
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一級品に位置づけられるのがヤギとヒツジの糞(アルゴル)である。その糞に含まれる粘着性の物質がこの燃焼物質に驚くべき温度上昇をもたらす。チベット人と韃靼人はこれを金属の加工に用いる。鉄の塊をこれらの糞で起こした火にくべると、たちまち白熱に達する。
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ラクダの糞は二級品である。燃えやすく、また立派な炎を出すが、前述のものに比べて火力が弱い。この違いは粘着性の物質の含有量が少ないためである。