「チベット高原万華鏡テキストDB」では、フィールド調査の記録や文献資料に記録された牧畜や農耕といった生業にかかわるテキストを引用し、日本語以外の場合は翻訳も添え、「搾乳と乳加工」「糞」「食文化」「服飾文化」などのカテゴリータグをつけて集積しています。地図上にはプロットできない情報を含め、民族誌や旅行記、史資料の中にバラバラに存在していた生業にかかわる情報を検索可能な形で統合して見える形にすることで、新たな研究を生みだすことを目指しています。
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伝統的な血を飲む儀式(ネパール語でkhoon khaney parwa、タカリ語でkateo kathunbo)は年に2回、ネパール暦1月(西暦の4月−5月)およびネパール暦4月(西暦の7月−8月)に行われる。儀式はヤクの放牧地で行われ、通常はそれぞれの季節で5日間ずつ行われるが、15日間まで延長することができる。
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儀式の間は1日に1杯から2杯の血を飲む。特に年配者や慢性的な病気を抱えた人が飲むが、健康な人が飲んでも構わない。人によっては毎日ではなく、1日おきに飲む。
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瀉血は搾乳雌を除く1歳半以上のどのヤクから行ってもよい。ナイフのような鋭利なもので頚動脈を刺し、ステンレス製のカップに血を採取する。
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瀉血が終わったら、頚動脈の圧迫をゆっくりと緩め、ヤク糞または泥を傷口に当てて止血する。
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ヤクの血を飲む習慣は下ムスタンに限らない。ソルクンブー地区では正月に、多くのシェルパが新鮮のヤクの血を飲む(ラム・チャンドラ・デヴコタ氏、畜産局上級官吏)。シェルパは自分たちの手で瀉血を行うが、血を飲むことで家畜がより強くなると信じている。
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ラスワ地区ではタマン族もヤクの血、あるいは交配種の雌雄の血を飲んでいる。ここでは経験のある瀉血師(Ragat Jhiknane Manish氏)が瀉血を行うが、新鮮なまま飲むことはなく、加熱して食べる。
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ラジェンドラ・バハドゥル・バスネット氏とアイタ・バハドゥル・タカリ氏(ジョムソンの畜産局官吏)によると、羊肉よりもヤク肉が好まれる下ムスタンでは、ヤクは主に肉にするために飼養されており、毎年150頭から200頭が屠畜される。ヤクを半頭分買って干し肉にして、6か月から7か月かけて食べる世帯も多い。
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下ムスタンでは雌ヤクの搾乳は1日1回に留めているが、他の地域では2回以上搾乳を行う地域もある。2回搾乳を行えば、乳の収量は30−50%増えるが、それに付随して脂肪分、乳固形分、アミノ酸の含有量が減ることになる。
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チャンタンには高木も低木もないため、ヤクやヒツジ、ヤギの糞が燃料として用いられる。われわれは徐々に理解するに至ったところでは、遊牧民たちはヤギとヒツジの糞(チベット語でリマと呼ばれている)をよく使っている。ヤク糞に比べて量が多く、またより高温で燃焼するのだ。しかしながらヤク糞は一旦点火すれば自然に燃焼が続くのに対し、リマの場合は燃焼を持続させるためにふいごで空気を送り続けなければならないのだ。
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ブータンの乳加工の特徴は,内陸アジアの伝統的な乳加工では,乳を最初に加熱するのとは異なり,生乳のまま低発酵した乳を用いることと,発酵を起こす素となる発酵乳(スターター)を自家で維持,管理していないため,自然発酵に委ねていることである。そして毎日食べているダツイをはじめ,保存可能なチュゴとテッパが,ユーラシアの遊牧民の末裔の多くがつくっているクルド(高発酵乳でつくる酸味の強いチーズ)のように,加塩されてはいないのだった。
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テッパ(非熟成タイプのチーズ):マー(バター)を取った後のヤクのダウ(脱脂乳)でつくったダツイを,布に包んで重しを載せて水分を除き, 板状に切った中央部にヤクの毛で編んだ紐を通し, 炉の上部に吊るして乾燥させてつくる。市場で購入 したテッパは1個あたり縦横 10 cm×8 cm,厚さ 1–1.5 cm 前後の板状で,重さは 112–140 g だった。炉の上で数か月間燻煙することで黄土色になっていた。
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マー(乳脂肪製品) :ブータンの乳加工は,冷暗所に取置いて低発酵した乳を,加熱せずにそのままオムチャチャブと言う撹拌容器に入れて乳脂肪を集めることから始まる。
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オムチャチャブは,世界各地の乳加工で見られる バターチャーンに似た形の縦型の木製容器で,直径 24 cm,長さ 70 cm の筒状のブータン国内の木でつ くられ,調査世帯では市販品を用いていた。上部中央に 2 cm 程の穴がある嵌め込み式の蓋が付き,穴から先端に十字型の木製の羽根が付いた撹拌棒ソンダを入れ,上下に動かすことで乳脂肪を分離させる。 この撹拌によって容器内部の壁面に付着した乳脂肪を集め,水洗いをして脂肪乳製品であるマーが出来 る。ヤクの乳の加工でも,オムチャチャブを使って, マーをつくっていた。
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ダツイ(非熟成タイプのチーズ):マーを取った後,オムチャチャブ中のダウ(脱脂乳)に,半量程の湯を速やかに加え,中の温度を 37~40°C位にする。温度計は無いため,常にこの温度域を経験によって調整していた。中に手を入れて 2 分間程,円を描くように混ぜ続け凝集して浮き上がってきたカゼインを取り出す。水切りをして木の器に入れ,両手で円筒状に成形し,直径 9 cm,厚さ 2 cm 程のダツイが調査世帯では 2 個出来た。ダツイは冷蔵庫に入れると,1週間程保存出来るとのこ とだった。
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チュゴ(非熟成タイプのチーズ):マーを取った後のウシ乳のダウ(脱脂乳)でつくったダツイを布に包み,重しを載せて水分を除きキューブ状に切り分け,再度乳またはホエーの中に入れて煮詰めた後,1本の紐に20個前後を通して乾燥させてつくる。完成するとチュゴの全面に白い粉が吹いている。
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シャングリラ県のチベット族村落における作付けは春から夏にかけての一年一作が一般的であるが、比較的温暖なウォンシャン村ではオオムギとカブを組み合わせた二毛作がかろうじて可能となっている。1月下旬から厩肥や人の糞尿などを肥料として投入してから耕起をおこなう。オオムギの播種がおこなわれるのは2月上旬である。比較的乾燥する4〜5月には、数回の灌漑が実施される。刈り入れは8月中旬から9月上旬におこなわれる。
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オオムギの用途としては、かつては主食としての地位を占めていたが、近年は安価な米やコムギが雲南省南部などから移入されているため、主食としての位置づけは定価しており、自家醸造での酒造りの材料として利用されることが多くなっている。麦藁は家畜の飼料としても用いられるほか、厩舎の刈敷にも用いられる。
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ジャガイモの植え付けは3月におこなわれ、5月の中耕を経て、10月には収穫される。ジャガイモは市場で売却されたり、米との交換に用いられることが多く、飼料とされることはほとんどなく、一部は自家消費される。
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カブは、ホンボ村では5月に播種がおこなわれ、10月には収穫される。ウォンシャン村の場合、8月頃にオオムギの収穫後の畑に播種され、10月中旬に収穫される。収穫したカブは乾燥させてからほとんどが家畜の飼料として用いられる。
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P家が所有する家畜のうち、ブタを除く大部分の家畜、すなわちヤクやウシ、ウマなどの家畜は、夏の間、村落とは離れた放牧営地で飼養される。ブタは食肉用として飼養されており、その糞尿は厩肥の生産にも寄与している。一方で、ヤクやウシなどのウシ亜科家畜の用途は搾乳であり、生乳から加工したバターは貴重な現金収入減とされてきた。